ミーコを供養しました。
ミーコをはじめ私たちに対して、本当に沢山の温かいメッセージをありがとうございます。
ミーコは亡くなった翌日、市営の動物霊園に火葬をしました。
その翌日のお昼に動物共同の慰霊碑にミーコは納骨されました。
昨日(3/29)でミーコが亡くなって7日目。供養に行ってきました。

とても良い天気で、自称:晴れ女のミーコと私らしい気候の日となりました。
お線香をあげると同時にミーコは私たちの前に現れてくれました。

ミーコは確かにここに眠っているんだと確認することが出来ました。
おうちでは、ミーコが爪とぎに大変気に入ってくれていたキャットタワーに
遺影や大好きなフードやオヤツ、万が一の際にも大丈夫なようにお薬も供えています。

ミーコの生涯では最初で最後の、人間以上にとても豪華な御供のお花を頂戴しました。
ちかさん、シトラスさん、斗夢さん、何と御礼申し上げてよいやら・・・(涙)
ミーコさん火葬の当日、生涯大好きだったオモチャを持たせてあげました。

胸元の小さな鈴入りの毬はミーコがとても喜んで遊んでいる姿に、私は遊ばせ過ぎて大変後悔したものです。
それは、ミーコの可愛い肉球に血豆を作ってしまい、血豆がつぶれてもミーコは楽しそうに遊んでいたという思い出のオモチャです。
あみぐるみのマガモさん、ピヨコちゃんはミーコの猫キックを生涯受け続け、
耐えに耐え続けた我慢こそ存在意義であった宿命のオモチャ群。
レインボー毛虫は時に風呂場、炊事場、洗面室・・・と、我が家の全部屋に毎日移動。
ミーコが咥えて歩いている姿を一番目にした思い出のオモチャです。
幾度もの水没被害にも耐えたという、強い2代目を選びました。
背中のほうにはジャンプ大得意なミーコが、素晴らしい空中ハイジャンプを見せてくれた「じゃれ猫 宙返り」と
ジャラシ先端のオモチャより棒が好きだったのでジャラシの棒だけの部分を持たせました。
遺影は3枚用意しました。
1枚は2代目キャットタワーが届いた日に記念撮影した
下の写真。

2枚目はお得意の「おっちん。」写真、3枚目は最後お見送り前の献花をした時の写真です。
相方と2人、散々落ちるところまで落ち、悲しみの底まで落ちました。
ですが亡くなって3日目の朝、急に私の中に風が吹いて傍にミーコが居るという感覚が
離れなくなった瞬間から、私は凄く元気を取り戻せました。
相方にその話をすると、私の感覚が移ったのか、不思議と私たちは元気になれました。
その日以来、今日まで、ミーコがいたときと同じ日常を送ることが出来ています。
それまではブログを見るのも悲しすぎて直視できませんでした。
ミーコの遺影を用意したものの、命が尽きた現実を認めたくなくて現実逃避していました。
画像を振り返ったり動画を見ることすら逃げてミーコの話をする事すら
ミーコを失った現実を認めることになるんじゃないかと怖くて避けていましたが、
それらを一気に受け止める力を得ることが出来ました。
不思議とその日から、ミーコの話を普通に笑って出来てしまっています。
お線香をあげながら、遺影に今まで通りの接し方でミーコに話しかけたりもしています。
逃げていたことから逃げなくても大丈夫な私たちに戻ることが出来ています。
一昨日(3/28)辺りから、私はミーコの姿を何度か目撃しています。
残念ながら元々感のない相方には姿を確認することが出来ていないので
私が様子を伝えたりして、肉体は無いのですが、肉体が亡くなる前と
変わらない私たちの日常が戻っています。
前記事の時の私たちはもう居ません。
悲しみや辛さを押し殺したり、それらを我慢したり逃げたり、そういう私たちではありません。
どうかミーコが生きていた時の面白かったり興味深かったりした記事などを
思い出して頂きたいのです。
そうして以前のように笑ってもらえれば、肉体は失いましたが
ミーコは私たちや皆さんと今までの距離でいつもの日常を取り戻せるのではないかと思います。
ミーコの為に、たくさんたくさんのお気持ちをありがとうございます。
たくさんの涙を流させてしまいましたね。
たくさん悲しませてもしまいましたね。
本当に本当にごめんなさい。
もしメッセージを読まれるまで落ち込んだり悲しんだり涙していた方がおられましたら
少しでも早く笑えるよう、元気を取り戻して下さい。
私たちはミーコの色んな話をしながら、これからも晩酌を楽しんでいくつもりです。
そして暫くはミーコの思い出の猫動画を作りながら、猫動画の醍醐味を味わいつつ
ブログを楽しみたいと思っています。
2スコパパ&2スコママより、本記事をもちまして
皆さんから頂いたコメントへの返信と代えさせて頂きます。
ミーコは亡くなった翌日、市営の動物霊園に火葬をしました。
その翌日のお昼に動物共同の慰霊碑にミーコは納骨されました。
昨日(3/29)でミーコが亡くなって7日目。供養に行ってきました。

とても良い天気で、自称:晴れ女のミーコと私らしい気候の日となりました。
お線香をあげると同時にミーコは私たちの前に現れてくれました。

ミーコは確かにここに眠っているんだと確認することが出来ました。
おうちでは、ミーコが爪とぎに大変気に入ってくれていたキャットタワーに
遺影や大好きなフードやオヤツ、万が一の際にも大丈夫なようにお薬も供えています。

ミーコの生涯では最初で最後の、人間以上にとても豪華な御供のお花を頂戴しました。
ちかさん、シトラスさん、斗夢さん、何と御礼申し上げてよいやら・・・(涙)
ミーコさん火葬の当日、生涯大好きだったオモチャを持たせてあげました。

胸元の小さな鈴入りの毬はミーコがとても喜んで遊んでいる姿に、私は遊ばせ過ぎて大変後悔したものです。
それは、ミーコの可愛い肉球に血豆を作ってしまい、血豆がつぶれてもミーコは楽しそうに遊んでいたという思い出のオモチャです。
あみぐるみのマガモさん、ピヨコちゃんはミーコの猫キックを生涯受け続け、
耐えに耐え続けた我慢こそ存在意義であった宿命のオモチャ群。
レインボー毛虫は時に風呂場、炊事場、洗面室・・・と、我が家の全部屋に毎日移動。
ミーコが咥えて歩いている姿を一番目にした思い出のオモチャです。
幾度もの水没被害にも耐えたという、強い2代目を選びました。
背中のほうにはジャンプ大得意なミーコが、素晴らしい空中ハイジャンプを見せてくれた「じゃれ猫 宙返り」と
ジャラシ先端のオモチャより棒が好きだったのでジャラシの棒だけの部分を持たせました。
遺影は3枚用意しました。
1枚は2代目キャットタワーが届いた日に記念撮影した
下の写真。
2枚目はお得意の「おっちん。」写真、3枚目は最後お見送り前の献花をした時の写真です。
相方と2人、散々落ちるところまで落ち、悲しみの底まで落ちました。
ですが亡くなって3日目の朝、急に私の中に風が吹いて傍にミーコが居るという感覚が
離れなくなった瞬間から、私は凄く元気を取り戻せました。
相方にその話をすると、私の感覚が移ったのか、不思議と私たちは元気になれました。
その日以来、今日まで、ミーコがいたときと同じ日常を送ることが出来ています。
それまではブログを見るのも悲しすぎて直視できませんでした。
ミーコの遺影を用意したものの、命が尽きた現実を認めたくなくて現実逃避していました。
画像を振り返ったり動画を見ることすら逃げてミーコの話をする事すら
ミーコを失った現実を認めることになるんじゃないかと怖くて避けていましたが、
それらを一気に受け止める力を得ることが出来ました。
不思議とその日から、ミーコの話を普通に笑って出来てしまっています。
お線香をあげながら、遺影に今まで通りの接し方でミーコに話しかけたりもしています。
逃げていたことから逃げなくても大丈夫な私たちに戻ることが出来ています。
一昨日(3/28)辺りから、私はミーコの姿を何度か目撃しています。
残念ながら元々感のない相方には姿を確認することが出来ていないので
私が様子を伝えたりして、肉体は無いのですが、肉体が亡くなる前と
変わらない私たちの日常が戻っています。
前記事の時の私たちはもう居ません。
悲しみや辛さを押し殺したり、それらを我慢したり逃げたり、そういう私たちではありません。
どうかミーコが生きていた時の面白かったり興味深かったりした記事などを
思い出して頂きたいのです。
そうして以前のように笑ってもらえれば、肉体は失いましたが
ミーコは私たちや皆さんと今までの距離でいつもの日常を取り戻せるのではないかと思います。
ミーコの為に、たくさんたくさんのお気持ちをありがとうございます。
たくさんの涙を流させてしまいましたね。
たくさん悲しませてもしまいましたね。
本当に本当にごめんなさい。
もしメッセージを読まれるまで落ち込んだり悲しんだり涙していた方がおられましたら
少しでも早く笑えるよう、元気を取り戻して下さい。
私たちはミーコの色んな話をしながら、これからも晩酌を楽しんでいくつもりです。
そして暫くはミーコの思い出の猫動画を作りながら、猫動画の醍醐味を味わいつつ
ブログを楽しみたいと思っています。
2スコパパ&2スコママより、本記事をもちまして
皆さんから頂いたコメントへの返信と代えさせて頂きます。





ミーコ♀(永遠3歳)
ムー♀
ミレ♀


















